最近、Facebookに治療の方法や考え方に関する投稿を見ていて感じた事なのですが、
〇〇教授が言っているからとか
アメリカでは最新の〇〇という捉え方があるとか
論文では〇〇だかとか
エビデンスがありますとか
そういった事を間に受けすぎて、何が本当なのかわけがわからなくなっている、もしくは疑問を持つ事なくそうなんだと即受け入れてしまっている治療家をよく見かけます。
上に書いた事はあくまでも1つの指標ですよね。
たしかにそれは大いに自分の治療を行う上で役に立つ事もあるけど、論文やエビデンスがどうこうあっても、その背景にはその発表者の地位や名誉や利益が絡んでいる事も中にはあるでしょうし、結果を作り出していることもあるでしょう。
去年ノーベル賞を受賞した本庶さんもおっしゃってましたが
論文誌に載っている9割の情報があいまいで、10年後には信用されていないと。
結果的にどれが正しくてどれが間違いでなんて、いちいち人の投稿を否定や審査の目で見るつもりもないですが、
自分が今までやってきた事だったり、自分の感覚、考え方を
影響力がある人の発言(その発言が正しいかどうかなどわからない)だけで否定する必要は一切ないですよね。
研究者が1番体の悩みを解決するのが上手いですか?
1番解剖学だったり体に関する知識を持った人が治療がうまいですか?
おそらく答えはnoでしょう。きっと正比例はしない。
もちろん自分たちもこれからも学ぶという姿勢は大事です。ただ、
木の研究してる人が木造建築の家を建てる事が1番上手じゃないし、家を建てるのが上手な大工さんが木の知識を研究して論文を発表したりあまりしてないですよね。
大工さんは大工さんなりの経験と考え方と工夫があって良い家を建てますよね。
きっと素晴らしい家を建築する人にはその人にしかわからない言葉に中々できない感覚があるはずです。
治療だってきっとあるでしょう。
研究者と現場の人間は目的、土俵が違います。
だからそこをごっちゃにして迷い必要はないし、否定したりする必要もないでしょう。お互い上手く使って良い方向にプラスになるといいですよね。
自分の感覚で、現場でもしそれに対して医学的な根拠がなかったとしても
目の前の人の悩みが解決されているなら
「悩みを解決する」という事に関しては大正解ですよね。
ブレる必要は全くないです。
僕自身もこれから患者さんの悩みを解決するために色々学んで感じて、その積み重ねで解決できる確率を上げていきます。
結構自分がどうなっていくのか楽しみです。
話を纏めますと
何か情報に迷わされている人は
自分ももっと信じていこうぜ。
て話です。
今年は色んな人を応援したいので、色んな繋がりができる事が楽しみです。
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