2019年1月18日金曜日

違和感を感じるくらいがいい



自分が知っている人間が新しい事をやったり、今までないような行動や発言をしだしたら違和感を感じますよね。
そっから徐々に徐々に、その人が変わっていくのを見てどう感じるかは色々あると思うのですが、
何かを変えようとか
少しずつでもいいから自分の殻を破ろうとか
数年後の自分のためにとか
何か新しいことを始めたり、挑戦したりした事がある人は、
その挑戦の勇気を知っているから
新しいことを始めたり、挑戦したりする人をきっと応援すると思う。
変わりたい理想の姿は人それぞれあると思うけど
今の自分から変わりたいのなら何か今までと違う事を選択していかないと、時間の流れ以上には自分を大きく変えてはいけない。
それもすぐにやめるんじゃなくて、続けないといけない。
僕の場合はこのブログを続ける事で起こるであろう自分の良い未来を信じてる。
だから見ててや〜とかは一切なく
勝手に小さく確実に続けていきます。
見ててくれたら嬉しいですが。
周りに違和感を感じたり、何か変化の兆しが見えたら応援できる自分でいたいな。

2019年1月17日木曜日

身体を壊して得たもの




特に暗い話を書くつもりもなく、同情してほしいとかも一切ないんですけど
僕一回、自分の中では本間にまぁまぁしんどかったくらいに身体を壊してるんですね。
ある日、急にどきつい目眩?で立てなくなって、1か月で2回救急車で運ばれたり、電車とか車に乗れなくなったり、電話で人の声聞いたら目眩したり、光や色がしんどくてスーパーを歩けなかったり、鼻血が連発して出たり、動悸やったり呼吸が乱れるみたいなんが頻発したりみたいな。笑
まぁ自分でコントロールできひんのが何ヶ月、いや1年くらい続いて、中々悩んでた時期があったんですよ。
元々体力にはかなり自信があったし、それを自分の武器にして結果を出してきた自負もあるし、肉体系の根性論なんか大好きなんですね。
そんな人間が体を壊すともう精神も時間と共にやられちゃいましたね。
すぐに治らへんのやもん。笑
色んな病院に行っては検査、行っては検査の繰り返しだったんですが、結果的には明確な異常はなかったんです。
色々症状名はつけられましたよ。
パニック障害とか発作性頭位めまい症とか脳脊髄液減少症かも?とか色々ね、、。
まぁそんな感じになってしまったのを実は2年前に経験して
このブログに何を書こうかって話なんですが、
その時に
「精神と肉体は表裏一体にある」
って事をもちろん知ってはいたけど、
痛いほど感じさせられたんですね。
もう五感がやられてたし、人間ってこうなるんかよって。
そら僕なんかよりもっとひどい症状で悩んでいる人なんていっぱいいるし、何もしんどかった自慢をしてるわけじゃないんですけど、なった人にしかこれはやっぱりわからない。
そこからなんです。
やっと去年の春くらいに克服して
得たものが
患者さんを「人間」としてみれるようになったんです。
今までももちろん人間としてみてましたが
「症状」に囚われず「人間」としてみるようになったというか、みれるようになったというか。
これはあんまり言い過ぎるとコイツやばいやつやん?ってなるんで、深くは言わないんですが、
明らかに患者さんの悩みを解決する側として次の領域にいったんです。
相手の目の動きとか呼吸の仕方とか口の動きとか止まってる時の背骨の動き(呼吸による)とか、なにかと色んなところから色んな症状に対する背景的な情報がみえるようになった。
これはあくまでも僕の感覚なので、それが全てではないんですが、実際に新しく治療技術を取り入れたわけじゃないんですが、治癒率も上がったのは事実なんです。
だからもう学ぶ事はいらないとかではないし、これからも基本的な事を大事に色々学んでいきますが、
僕は身体を壊した事で前よりも少し
「人間」
というのを知れた事が今大きな収穫になっている。
ps
オカルト系は個人的には好きやけど僕は特に特殊能力があるわけではないので、普通に接してくださいね。

2019年1月16日水曜日

ただただ続ける




毎日何かを続けれている人を僕は信用する。
きっと僕だけじゃなくて
その難しさや凄さを知っている人は
余計にそういう人を色んな面で信用するだろう。
色んな人に出会ったり
色んな本を読んだりしても
この人凄いなと影響される人は
ほぼ何かを継続して続けている人である。
自分は今まで何度かブログを書いたりしたけど続けれなかった。
だからもう一度自分は何か物事を続けれる人間なのか試してみたくて去年誕生日から毎日懸垂をしてみた。
そしたら211日続けれた。
そこで色んな変化を自分の中では実感したし、そこでまた自分は続けれる人間なんだと自信が持てた。
懸垂の次は形に確実に残るブログを続ける。
懸垂ありがとう。笑
未来の自分の信用を得ることを信じてやる。
毎回の内容の質は今はおいといて
ただひたすら続ける。
やるで。

2019年1月15日火曜日

広告規制がそんなに怖いか?



治療院業界に限っての話じゃないと思うけど、
広告規制がそんなに怖い?
正直、規制されようが
きせいされまいが
きっとそんなに結果は変わらんのちゃう?
むしろ誇大広告の方が実際に多くて
それに対して
悪い影響が出てるのも事実なんやし
皆一斉に規制かかった方がいいんちゃうかな?
広告規制に悩むって
自分の本当の戦闘力が弱いって露呈してるのと同じに僕は見えるし、
ちょっと顧客の事舐めてるんじゃないかなとも思ってしまう。
もし自分が体を壊して悩んで
誰かに助けてもらいたい時に
業界の広告規制なんかに悩んでいる人には
診てもらいたくないですよね。
健全な人が生き残る。
こうなったら気持ちいいですね。

2019年1月14日月曜日

仕事に対して真摯であること



数年前に
あるテレビ番組で
本田圭佑選手が出ていた時に
プロフェッショナルとはなんですか?
と聞かれ



「仕事に対して真摯である事」
と答えていた。


めちゃくちゃシンプルやけど
めちゃくちゃ深い。


色んな要素が凝縮された言葉だなと。
やっぱり自分の仕事に対して
真剣に向きあって、真面目に進んでいく。
これが基本でもあり
難しい事でもあり
とても大事ですよね。


「そんなもんわかってるわ。」
という声が聞こえてきそうですが
これはそう簡単にはできないでしょう。
できないって言ったらダメですね。
自分の目的や何かを達成するために
仕事に対してどういう姿勢で向き合っていくのか。


真摯という言葉の解釈には人それぞれ色んな
解釈があると思うけど
その時の自分に必要な解釈をきっとするんでしょうね。
コツコツと足元を堅実に固めていこう。

2019年1月13日日曜日

見栄を張らない信用

僕はこの2年くらいは特にやけど、いらん見栄を張っていた事が多かったように思う。
そのせいで(おかげで)色んな見栄を張る人を引きつけた。
そしてそれは結果的には、自分の体と精神を崩していく結果になっていたのは事実である。
自分に嘘をついたり、見栄を張っていたりというのを続けていると気づかないうちに精神が蝕まれていくというのを学んだ。
逆に信用していた人が、蓋をあけたら全然中身がない机上の空論だけのパターンもいくつも経験して、その疲れを上手く処理できなかったのも体を壊した理由の1つだろう。
本間に引き寄せの法則ですよね。
Facebookの投稿を見ていても
治療家はもはや誇大広告が当たり前のようになってきているけど、
きっとその時代ももうすぐ終わると僕は思っている。
なぜなら
見る人が見たらすぐにバレるし
もうカモにされていた顧客にもバレてきているからだ。
パッて見たらわかりますもん。
あぁ、この人は本当に結果出してる人なんだな。
あぁ、この人はただ知識を述べてるだけで現場では結果出していないだろうな。
とかもうわかりますよね?
広告規制がどうたらこうたら言う前に
もう人間的な所でバレてますよ。
それに今は情報なんて一瞬で回るし、すぐ終わりますよね。



西野亮廣さんの本にも書いてあったけど、
「嘘をつかない」
これが当たり前ですが本当に信用に繋がってくるし、これからそこにもっと目を向けられるのでしょう。
きっと嘘をついていたり見栄を張っていたり誇大広告ばかりで釣っている人たちは、
時間が経てば沙汰される。
だから僕も見栄を張るのをやめる。
大きな目標を立てるのは素晴らしい事だし、応援したいですけど、
全く中身が伴っていない見栄で人を動かそうとするのはもう通用しないし、絶対やめた方がいいでしょうね。


さぁ、コツコツいくで。

2019年1月10日木曜日

もっと自分を信じていこう

最近、Facebookに治療の方法や考え方に関する投稿を見ていて感じた事なのですが、
〇〇教授が言っているからとか
アメリカでは最新の〇〇という捉え方があるとか
論文では〇〇だかとか
エビデンスがありますとか
そういった事を間に受けすぎて、何が本当なのかわけがわからなくなっている、もしくは疑問を持つ事なくそうなんだと即受け入れてしまっている治療家をよく見かけます。
上に書いた事はあくまでも1つの指標ですよね。
たしかにそれは大いに自分の治療を行う上で役に立つ事もあるけど、論文やエビデンスがどうこうあっても、その背景にはその発表者の地位や名誉や利益が絡んでいる事も中にはあるでしょうし、結果を作り出していることもあるでしょう。
去年ノーベル賞を受賞した本庶さんもおっしゃってましたが
論文誌に載っている9割の情報があいまいで、10年後には信用されていないと。
結果的にどれが正しくてどれが間違いでなんて、いちいち人の投稿を否定や審査の目で見るつもりもないですが、
自分が今までやってきた事だったり、自分の感覚、考え方を
影響力がある人の発言(その発言が正しいかどうかなどわからない)だけで否定する必要は一切ないですよね。
研究者が1番体の悩みを解決するのが上手いですか?
1番解剖学だったり体に関する知識を持った人が治療がうまいですか?
おそらく答えはnoでしょう。きっと正比例はしない。
もちろん自分たちもこれからも学ぶという姿勢は大事です。ただ、
木の研究してる人が木造建築の家を建てる事が1番上手じゃないし、家を建てるのが上手な大工さんが木の知識を研究して論文を発表したりあまりしてないですよね。
大工さんは大工さんなりの経験と考え方と工夫があって良い家を建てますよね。
きっと素晴らしい家を建築する人にはその人にしかわからない言葉に中々できない感覚があるはずです。
治療だってきっとあるでしょう。
研究者と現場の人間は目的、土俵が違います。
だからそこをごっちゃにして迷い必要はないし、否定したりする必要もないでしょう。お互い上手く使って良い方向にプラスになるといいですよね。
自分の感覚で、現場でもしそれに対して医学的な根拠がなかったとしても
目の前の人の悩みが解決されているなら
「悩みを解決する」という事に関しては大正解ですよね。
ブレる必要は全くないです。
僕自身もこれから患者さんの悩みを解決するために色々学んで感じて、その積み重ねで解決できる確率を上げていきます。
結構自分がどうなっていくのか楽しみです。
情報というものを捉えるには、自分の考えや経験というモノサシも大事になってくるのでしょう。


話を纏めますと
何か情報に迷わされている人は
自分ももっと信じていこうぜ。
て話です。
今年は色んな人を応援したいので、色んな繋がりができる事が楽しみです。